小さな声が聞こえるところ33「用務員さんから教えてもらうこと」

先日、園の用務員係を請け負ってくれている大工の友人Yさんに、
作業後のお茶を出していた時のこと。
あれやこれやの話題の中でふと彼が
「人間に生まれてきたんだから、身体使わないと意味ないんですよね」
とつぶやきました。
「みんな、アタマばっかりで生きてるようになっちゃって。」
と自分の頭を差しながら話すYさんは、
高校を4年かけて卒業した後、
お父さんの営む工務店で働きながら大工となり20年以上、
今は独立して大工の仕事と木工アーティストとして生きています。
仕事優先の生き方ではなく、生きることが優先、とでもいうような暮らし。
いまだにスマホを持つこともなく、ネットにも全く関わらず、
里山に自分で立てた小屋で暮らしています。

Yさんの話すことは、言葉が身体化されていると言いますか、
難しいことは何も話していないのに
いつも一言、一言にハッとさせられます。
米を炊くにも薪を用意するところから、
水を使うにもそれをひいてくることから、の暮らし。
そして彼の大工仕事は、効率を優先させずに、
常に楽しみながら行っています。
大好きな音楽をモバイルスピーカーでかけながら、いつも仕事ぶりはご機嫌です。
ああ、仕事優先ではなく生き方優先だと働くこともこんなに楽しいんだな、と感じます。

勉強は、小学生から先生に同情されるほどできなかったと言うYさんですが、
独学でチベット仏教の経典を読んでいたりして、
高僧の方々の教えなどをわかりやすくお話ししてくれるときは、
Yさんがお坊さんに見えてきます。

園では部屋の増築のほか、細々とした製作や修繕を依頼していますが、
こんなものを作って欲しい、とかここの問題をなんとか解決して欲しい、と言うと
あっという間に頭の中に、具体的で物理的にも根拠のあるイメージを提案してくれて、
その度に「なんてYさんは頭がいいんだろう」と感心します。
いったい、学校の勉強ができる、ということと、
本当の意味で「頭がいい」ということは実際関係はあるのだろうか、
と改めて考えてしまうのです。
(下の写真は、Yさんがガレージを改装して増築した教室部分です)
 
Yさんの豊かな知性は、体から熟成されてきた知性です。
そして、人間は肉体を持ってこそ、この世に存在できているわけですから、
言い換えると肉体を使わなければ、生きてる意味が無いとも言えます。
近頃は、すっかりネットが蔓延していることもあり、私たちの意識や気は頭にのぼりっぱなしです。
特にこの10年ほどの間で、私たちの社会は随分と「アタマ社会」に加速してしまっていますね。

いい気分も頭で感じて、
タッチ一つで家電が動いて、
スマホをいじって情報を得て、
SNSで人間関係を維持して。

感じる体は、痛いとかだるいとか、疲れたとかばかり。
これでは自分の体に対して失礼。
体をもっと使うこと、
一生を生き抜く意志の力を支える土台としての体を育てることが
幼児期には何よりも大切だといつも話していますが、
これからの時代は、大人自身も、もっともっともっと
意識して体を厭わずに動かしていくこと、使っていくことをしないと
生きることの困難さや辛さばかりを感じる「頭」になっていくのだろうなと思います。
「体は魂のお堂」とはよく言われていますよね。

「肉体は物質である以上自ずとその機能も限界がありますけど、
 だからこそその限界を実感しながら、暮らしに十二分に使っていくことが
 生きるということの醍醐味だと思うんですよね」

Yさんの言葉は、実感がこもっています。
子どものそばにある大人の意識としてとても大切なことだと感じています。

(この連載は毎月新月・満月の更新です。次回は12/12満月の更新です)


文・虹乃 美稀子(園長/担任)
仙台市の保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、
シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ。
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事。
06年、園の前身となるシュタイナー親子クラス開設
08年、「東仙台シュタイナー虹のこども園」開園   
仙台・東京・岩手にてシュタイナー講座・子育て講座を通年開催 
new! 19年8月「小さなおうちの12ヶ月」(河北新報出版センター)出版 

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