小さな声が聞こえるところ8「糸を紡いで気づいたこと」

今年の夏休み、山梨にあるアナンダさんという羊毛や織り機のお店に糸紡ぎ合宿に行ってきました。
随分と昔に、糸紡ぎに挑戦したことがあったのですが、しっかりと自分のものにできていなかったのです。
ここ最近、刈りたての羊の原毛をいただくことが続いたので、ぜひ園でもその原毛を糸にしていく仕事が子どもたちの目の前で出来たら良いなと思いました。

実は私は、そんなに器用な方ではありません。
覚えるのも人よりも時間がかかる方。
でも、アナンダのスタッフの方々が「自転車乗りと同じで、習得するのに時間がかかる人とかからない人といるけれど、一度体が覚えたことは忘れることはないですよ」と繰り返し伝えてくださった言葉を励みに、頑張りました。
とりわけ猛暑だった今年の夏、冷房のない工房で3日間ひたすら糸紡ぎに没頭した体験は、自分にとってもかけがえのない貴重な体験となりました。

そして秋、とうとう紡ぎ車が園にやってきました!
新品はそれなりに値が張るので、なかなか手が出ないなあと思っていたところ、アナンダの社長さんが、倉庫に眠っている中古を修理したものを安く譲ってくださったのです。
小さな園にぴったりの小さなサイズで、置いてても場所を取りません。園では、毎週月曜日の自由遊びの時間に私が傍で紡ぎ車を回すことにしました。
一週間の始まりの朝、糸を紡ぎながら子ども達の様子を落ち着いて、さりげなく観察できます。

週末のお出かけの疲れが残っていたり、まだ園のリズムに戻れずにボーッとしている子どもは、エンジンがかかるまで車の回る様子をぼんやり眺めているのも良い時間です。

クルクル車が回り、ふわふわの羊毛から糸が魔法のように引っ張りだされて引き込まれていく様子を見ているのは面白いものですね。
カタコトと心地よい木の音をさせて、紡ぎ車の回るのを見ていると子どもたちの心も落ち着いていくようです。

自分が紡ぎ車を回すようになって気づいたこともあります。
それは、グリム童話に語られるような、メルヘンにおける様々な糸紡ぎにまつわる描写についてです。
例えば「眠り姫」。
生まれた時に魔女から呪いをかけられた姫は、15歳になったある日、呪いの予言通りに、城の高い塔の奥部屋で糸を紡いでいるおばあさんを見つけます。
そしてうっかりそのおばあさんの回している錘(つむ)に触れ、指を刺して深い眠りに落ちるのですが、糸車を回していると、ついクルクル回っているものに触れたくなる子どもが確かにいるのです。
もちろん、怪我をするほど危ないものではないのですが、糸が絡まぬようそんないたずらをするものではないという、戒めの意味があったのかもしれないと思うようになりました。

それから小人の名前を当てるやりとりが面白い「ルンペルシュツルツヒェン」に出てくる粉屋の娘さんのように、横暴な王様に一晩で「藁」を「金の糸」に変えなければお前の命はないぞ、と脅されたりするお話。
それまでは「金の糸」という描写が、単純に金色のピカピカ光る糸を魔法のように生み出す光景しか思いつかなかったのですが、実際に自分が糸を紡ぐようになると「金の糸を紡げる」というのは本来「金にも勝る価値のある良質な糸を紡ぎ出せる技術のある者」ということを意味していたのだろうなと気付かされるのです。
実際、東西問わず一昔前までは、村でも良質な糸を紡げる娘や縫い物の得意な娘が良いお嫁さんとして価値を見出されていたようです。


大人でも、子どものように身体で身につけることに新しく取り組むことの大切さを思います。
とても感覚がリフレッシュし、頭でっかちになりがちな現代生活に浸りがちの自分を隅々洗うような体験となります。
そして、手足を使って働いてみないと気づかないことが、世の中にはたくさんあるのだなと思うのです。
子どものそばにいる大人として、いつも大事にしていたいことです。

(この連載は、毎月新月・満月に更新されます。次回は12/7新月の更新です。)

文・虹乃 美稀子(園長兼クラス担任)
仙台市保育士として7年間勤務後、シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ
08年「虹のこども園」開園 
仙台、東京、岩手にてシュタイナー講座を通年開催 
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