小さな声が聞こえるところ12「熱という愛を送り続ける教育」

昨日、1/20は二十四節気の最後となる「大寒」(だいかん)。
いよいよ、一年の中で最も寒い時期となりました。
立春を前に冷え込みの際立つ時節です。

子どもたちは寒くても平気で外を駆け巡ります。
雪の日は犬の子のように転げ回って遊びます。
そして存分に遊んで暖かなお部屋に帰ってきたときの安堵感。
「中はあったか〜い」「外、寒かった〜」
こうして寒暖の差をしっかり味わうことも、健康な感覚を養うには大切なことです。

さて、この「温かい」「熱い」とか「冷たい」「寒い」といった熱を感じる感覚は「熱感覚(温度感覚)」と呼ばれ、シュタイナーが提唱した人間の持つ12の感覚の中でも一番根源にある感覚だとされています。

温かさは冷えた体が温かいものに触れた時に、その対象から熱が流れてくることで感じます。
冷たさは火照った体が冷気に触れた時に、体温が冷気に流れていくことで感じます。
このように、熱感覚は常に「流れ」の中で感じられるものです。
つまり、私たちと世界との間に「流れが起きた」ときに生じる感覚です。

そしてこの熱は、物理的な温度としてだけでなく私たち自身の「心」や「魂」にも感じるものです。
「あの人はアツい人だね」
「冷たい返事しか返ってこなかったな」
などという表現を私たちは日常的によく使います。
熱は私たちの心を元気にし、
冷えは私たちの心を冷え固める作用があるのですね。

しかし、熱だけでは時に意欲ばかりが先走って空回りしたり、建設的な行動に結びつかない時があります。
一方、冷静な分析だけでは、批判ばかりでやはり責任ある行動に結びつくことはありません。

世界への「どうして」「もっとこうありたい」「なぜ」という問いを持ち続ける熱を内側に持ち続けた時に、人はそこに「あたたかな光」を見出す、それが「愛」であるとシュタイナーは考えました。

光は、認識によってもたらされる。
そして、愛はこの光の熱である。
       ーR.シュタイナー

子育ての中でも、思ったようにいかない、成長していくごとに悩みが深まる、といった
様々な「なぜ」「どうして」という問いはたくさん出てくることでしょう。
しかし本当に大切なことは、安易に答えを求めることよりも、
その問いを真摯に抱き続けることなのかもしれません。
なぜなら、成長していく子どもと根本的な信頼関係を作る唯一の方法は
「熱という愛を送り続ける教育」だからです。

熱とは、言い換えれば「関心」です。
あたたかな子育て、あたたかな教育の基盤は、方法論ではなく、
一人ひとりの子どもへの自分の魂から生じる「関心」という熱なのです。

あたためるということは、「関心を注ぐ」ということです。

光が届かない深い闇にも、熱なら届くのです。

情報化の際立った現代社会において、私たち大人は過剰に思考に偏り、
分析と判断ばかりに偏重した社会に生きています。
問いが生じても、答えを見つけることに躍起になりがちです。

しかし本当に大切なことは、不器用ながらも、一生かけてもわからないことでも
問いを問いとして持ち続けて生きることではないでしょうか。
そうした大人の生きる姿勢は、その後を生きる子どもたちの何よりの励ましになるはずなのです。

「私はどこから来て、どこへ行くのか」

こうした問いは、意識的にも無意識的にもおそらく全ての人間が持つ解明できない深い問いの一つでしょう。
大人がこうした問いを内的に持ち続けるだけで、思春期以降の子どもたちにとっても、大変大きな励ましの力となるはずです。

人生は答えではなく、問いとともに生きた方が良い

この言葉をシュタイナーの学びの中で知ることができて、私はとても救われる気持ちがしました。
答えは簡単に見つからなくても良いのです。

ちなみにこうした学びの会を、昨年から1年間にわたり有志の保護者の方々と夜の勉強会として続けています。
テキストにしているのは、前日本シュタイナー幼児教育協会代表の入間カイ氏による
「これからのシュタイナー幼児教育」という本です。
残念ながら新刊は現在手に入らず、時々ネットで中古本が出るのを待つ状態です。
出版社の方に、再版のリクエストを出しているところです。

(この連載は、毎月新月・満月に更新されます。次回は2/5新月の更新です。)

文・虹乃 美稀子(園長兼クラス担任)

仙台市保育士として7年間勤務後、シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事

06年 園の前身となるシュタイナー親子クラス開設
08年 「東仙台シュタイナー虹のこども園」開園 
仙台、東京、岩手にてシュタイナー講座を通年開催 

Facebook|東仙台シュタイナー虹のこども園
Instagram|@steiner_nijinokodomoen