小さな声が聞こえるところ17「虹の橋を渡って」

雨上がりにかかる虹。
空に虹がかかると、見上げる人の心には様々な想いが浮かび上がります。
それは希望であったり、喜びであったり、感動であったり。
もしくはなにか遠い記憶が呼び起こされることもあれば、未知の未来への予感が生じるかもしれません。
虹が出ると人はハッとし、その自然現象の不思議なギフトに内なる深い気分を味わいます。

虹には、たくさんの伝承があります。
旧約聖書では虹は、大洪水の後のノアに対する祝福であり、すべての生き物に対する万物救済の約束の象徴でした。
神はその約束が確かである「しるし」として虹を置いたと言います。
シュタイナーも虹については、アトランティス大陸の洪水後に、霧が晴れていったことによって現れたものであり、父なる神のしるしであると言及しています。旧約聖書のお話と重なりますね。

先住民族の間では、北米やアボリジニで知られるオーストラリア、アフリカなど世界各地に虹を蛇と見なす伝説が多々あります。雨上がりに現れることが多いように、雨を降らせる力と創造神としての象徴とされているようです。
中国では「虹」という漢字に「虫」偏を用いるように、虹を龍の一種だと見立てています。
虹という自然現象が科学的に解明されていなかった古代には、畏怖する対象でもあったのでしょう。

面白い日本の伝承としては、「虹の立ったところに、市が立つ」という不思議な慣習が、
平安時代から戦国時代くらいまであったそうです。
中世において市とは、通常日にちで決めるか、寺や神社の前で開かれるものが通常でしたが、
どうしてそれとは別に虹が出たところに市を立てる、というようなことが起きたのか、不思議ですね。

(写真は今年のお正月に福島に立て続けに3本も出た虹です!)

「どうして虹のこども園という名前をつけたのですか?」と聞かれることが時々ありますが、
たった一つの理由がある訳ではありません。
ただ、虹というのは古代よりどうも「見える世界」と「見えない世界」を繋ぐ「橋」としても、
人間の意識の中に存在していたようです。
日本神話に出てくるイザナギノミコトとイザナミノミコト(女神)は、国生みの際に「天浮橋 あまのうきはし」を渡って下界に降りてきたというお話がありますが、この橋は虹なのではないか、とも解釈されています。
「虹」はあの世とこの世を結ぶものでもあるのでしょうね。

私たちの園では、子どもたちはみな、空(=宇宙とも、見えない世界、精神世界とも)からやってきて、父母から身体を得て受肉した存在であると考えています。
虹の橋を渡ってやってきた、とも星の階段を降りてやってきた、とも言えます。
虹を見上げると、空から私たちのところに降りてきた尊い魂たちを受け入れる場所としての幼稚園であるということを改めて思います。

 (この連載は、毎月新月・満月に更新されます。次回は4/19満月の更新です。)

文・虹乃 美稀子(園長/担任)

仙台市の保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事

06年 園の前身となるシュタイナー親子クラス開設
08年 「東仙台シュタイナー虹のこども園」開園 
仙台、東京、岩手にてシュタイナー講座を通年開催 

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