小さな声が聞こえるところ38「丁寧な子育てではなくても」

先日、雑誌「暮らしの手帖」の編集部を訪ねる機会がありました。
昨夏に出版された拙著「小さなおうちの12ヶ月」を、先号(第5世紀3号)で書評に取り上げていただいたご縁からです。
書評を書いてくださった編集者の平田さんは、メールでのやり取りで、シュタイナー学校の先生になることに憧れたこともある子ども好きとのこと、ぜひ一度お目にかかりたいと思っていました。

大手町のビル街をびゅうびゅうと向かい風に逆らって歩き、道を曲がるとそこに緑で彩られた小ぶりのビルがあります。昨年引っ越してきたというこのビルの3階、手刺繍で「暮らしの手帖」と縫われた小さなプレートが目印です。
一歩入ると、ずらりと創刊号からこれまで発刊された雑誌・書籍が全て並べてありました。
その先頭には、創刊者である花森安治氏の写真が。
お会いした平田さんとは、初めてと感じられないくらいにお話が楽しく、ご挨拶の時間はあっという間に過ぎました。


「暮らしの手帖」の編集室は、想像以上に「暮らしの手帖」らしいしつらえで、お茶をいただいたテーブルも椅子も、オフィス家具のそれとは違っていました。
まるで、花森さんの作ったお家を家族が大切に使い続けているような空気です。
なんだか、シュタイナー幼稚園の空気感と似ています。
そう、幼稚園らしい教具も装飾もないのに、まるで担任の先生のお家に子どもたちが住んでいるような、温かな「暮らし」が息づいているあの空気感です。

実は、今号から新しく北川史織さんという新編集長さんに変わり、その北川さんが出されたメッセージがSNSで話題になっているのをいくつか目にしていました。
北川さんが編集長となり最初の表紙に掲げられた言葉、それは
「丁寧な暮らしではなくても」でした。
編集後記に、この言葉は決してそのこと自体を否定したり、揶揄するのではない、と前置きしながらこんなことを書かれています。

ー丁寧であれ雑であれ、自分や他人の暮らしにそんなラベリングをしたくなる風潮って、なんだか不思議だと思いませんか。私たちはただ一度限りの人生を生きていて、毎日、笑ったり、怒ったり、涙したり、うまくいくことも、いかないことも、ない交ぜの日々を送っている。それがまるごと、「暮らし」じゃないかしら。そこに他人が評価を下したり、誰かと自分の暮らしを比べて劣等感を抱くのはへんじゃないかな。
(中略)どんな人にも異なる暮らしがあって、それはラベリングできない尊さがある。

この文章、とても胸のすく思いがしました。
そして「暮らし」を「子育て」と読み替えると、私が今園で伝えたいことと、
まるで同じだということにもびっくりしました。

私の園は確かに、石臼で麦をひいてパンを焼いたり、糸を紡いだり、
自分の人形を布を染めるところから取り組んだり、と「丁寧な暮らし」を文字通り実践しています。
でも、それは幼稚園だからできること。
子どもたちが帰るお家は、それぞれ十人十色の家庭であり、
いろんな出来事が起きて、理想通りにいかないことがほとんどで、
こうやってあげたいけれども、現実はこう、みたいなことばかりで毎日は過ぎていきます。
ふと隣の子のお家を見ると、我が家よりもきれいに見えたり、
子どもに優しく接しているように見えたり、
手の込んだおやつやご飯を作っているように見えたり。
「どのお母さんも、私の子育てより立派に見えて、、、」
というセリフを何度聞いたことでしょう。

いえいえ、違うんです。
「丁寧な子育て」でなくても良いのです。
「丁寧」とか「雑」とかのラベリング、子育てにも暮らしにもいらないし、
そんなものは幻想です。
それぞれの親が一番良かれと思って精一杯頑張っている「子育て」があって、
それはラベリングできない尊さがあります。
私たち「先生」もその尊さを決して忘れてはいけません。
「丁寧な子育て」ではなく「わたしの子育て」を育んでいくお手伝いができたらと思います。

北川編集長さん、43歳で子どもはおらず一人暮らし、この雑誌の編集長さんとしてはちょっと意外でしょうと自己紹介されています。
わたしも、同じように子どもはおりません。
でも、どんな人にでも暮らしがあるように、
たとえ親という立場ではなくても、どんな人もまた、自分が子どもたちにとっての環境の一部であるということを考えて暮らしていけるようになると良いなと願っています。

(この連載は毎月新月・満月の更新です。次回は2/24新月の更新です)


文・虹乃 美稀子(園長/担任)
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、
シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ。
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事。
06年、シュタイナー親子クラス開設
08年、「東仙台シュタイナー虹のこども園」開園   
仙台・東京・岩手にてシュタイナー講座・子育て講座を通年開催 
new! 19年8月「小さなおうちの12ヶ月」(河北新報出版センター)出版 

Facebook|東仙台シュタイナー虹のこども園
Instagram|@steiner_nijinokodomoen

 

ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
園長および幼稚園部担任他。
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、2000年に音楽発信ホーム「仙台ゆんた」を開き、アンプラグドのライブ企画など行う。
並行してシュタイナー幼児教育者養成コースに学び、南沢シュタイナー子ども園(東京都東久留米市)にて吉良創氏に師事。
08年仙台ゆんたに「虹のこども園」を開く。
民俗学とロックとにんじんを好む。1973年生まれ、射手座。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)