小さな声が聞こえるところ104 「健康生成論〜”首尾一貫”の感覚ってなあに」

シュタイナー教育では、医療と教育の結びつきをとても大切に考えています。
人間の健康と向かい合うことと、人間が学び育っていくことの源は同じところにあるからです。

そうした中で度々耳にするのが、「健康生成論(Salutogenesis)」という言葉です。
これはアントロポゾフィー(シュタイナーの人智学)の専門用語ではなく、医療社会学教授アーロン・アントノフスキー(1923-1994)の生み出した言葉です。

“salutogenesis(サルトジェネシス)”という言葉は salus(健康) + genesis(起源) というギリシャ語から作られています。
アントノフスキーは、ナチス強制収容所の過酷な強制労働と死が常に隣り合わせにある過酷な状況の中で生き残っていた女性たちの一定数が、精神を病まずに「肯定的な感情的健康」を保っていたことに着目し、”健康生成論”の土台を作り上げました。

アントノフスキーは「人間はどうストレスを管理し、うまくやっていくか」ということを考えて、「病気(病因)を引き起こす要因ではなく、人間の健康とウェル・ビーイングを支える要因」について捉えようとしました。

これは伝統的な医療のスタンスである「健康か、病気であるか」という二元的な視点を超えるものです。
ストレスというものは常にあちこちにあるものですが、全ての人々がストレスに反応して健康に害を与える訳ではないという事を発見したのです。

ある人々は、潜在的に悪いストレスに晒され続けても健康を維持し、強制収容所のような生きる希望を見失うような場所においても精神的に適応し、克服する方法を見出しているのでした。

アントノフスキーは「自分自身の存在と折り合いがついているとき、つまり、自身の運命を受け入れる覚悟ができているとき、人生を肯定できるとき、その人は一生健康でいられる条件を手にすることができる」と言っています。

そして、「ストレスがあなたを傷つけるかどうかを決定するのは、特定のストレス要因が人生において遭遇する可能性よりも、その事象へのあなたの知覚および対応よりも、そのストレスがあなたの感覚に逆らうものかどうかという点なのである」として「首尾一貫の感覚」の重要性を提唱しました。

それは以下のようなものです。

・把握可能感:物事は秩序ある予測可能な方法で起こるものであり、あなたは人生の出来事を理解可能であり、将来起こることを合理的に予測できるという考え。

・処理可能感:あなたはスキル、能力、サポート、ヘルプ、または物事の世話に必要なリソースを持っており、そして物事は管理可能であって、あなたのコントロール内にあるという信念。

・有意味感:人生とは、面白くて満足感の源であり、本当に価値があって、これから何が起こるかを気にする良い理由や目的があるという信念。

アントノフスキーによれば、3番目の「有意味感」が一番大事だと言っています。
自分がこれからも生き残り、ミッションに直面する理由がないと信じていると、生きる意味を見失い、起こった出来事を理解し管理しようとする動機も働かなくなるからです。

上記をもう少しわかりやすく、子どもたちの暮らしの中に応用するとこんなふうになるでしょうか。

❶原則的に理解可能である → わかる!

❷処理可能で、形成可能である → できる!

❸有意味である → つながる!

例えば、園で小さなお庭に麦の種を蒔きます。
子どもたちは遊びの傍らで、芽を出し、伸びて、穂をつけ、緑から金色へと色づいていくのを目にしています。それらを収穫し、脱穀し、石臼で挽いて、粉にしてパンをこね、給食で食べています。

これらの一連の作業は、「麦が芽を出し、私たちの食物になるまで」を原則を理解し(わかる)、その作業に参加でき(できる)、食べることで(有意味で、体験が繋がっていく)首尾一貫した経験を持つことができます。

しかし、便利すぎる時代において、コンビニの棚に並んでいるパッケージされた食べ物ばかりを口にしていたり、wi-fiで繋がった家電でスマホをコントローラーにして使っていたりすると、この首尾一貫した体験が生まれにくいわけです。

園では子どもの前で掃除機ではなくほうきとチリトリを使う、食洗機を使わずに手で食器を洗い、布巾で水気を拭くといった「家事」を丁寧に行なっているのは、このような意味があります。

こうした行いは子どもの降り立ったこの世界に「根付きたい」という無意識の欲求に応えるものです。

また、同じ人が、同じようにずっとそこにいること、見知ったものが、それぞれの居場所を持ってそこにあることは、子どもの記憶や空間定位だけでなく、首尾一貫性の感覚も強めますし、お馴染みの秩序を繰り返すことは居心地よく、守られていると感じることができます。
こうした繰り返しの秩序の経験がないと、子どもたちの生活感情は弱まり、落ち着きのなさや興奮が目立つようになるのです。物事には信頼できる秩序があることが、こどもたちに安心を与えます。
それは揺るがぬ自己肯定感、ストレスに負けない生き抜く根っこの力を強めるのです。
首尾一貫性とは、”世界と内的に結びついている” という確かな感覚なのです。

(園長 虹乃美稀子)


次回は10月25日新月の更新です。

ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
園長および幼稚園部担任他。
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、2000年に音楽発信ホーム「仙台ゆんた」を開き、アンプラグドのライブ企画など行う。
並行してシュタイナー幼児教育者養成コースに学び、南沢シュタイナー子ども園(東京都東久留米市)にて吉良創氏に師事。
08年仙台ゆんたに「虹のこども園」を開く。
民俗学とロックとにんじんを好む。1973年生まれ、射手座。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)