前回は「ライゲン」と呼ばれる、シュタイナー園で踊られるお遊戯について書きました。ライゲンは、自然界の動植物や季節行事、そして生活の動作を題材にし、芸術的に再現したもので、その多くはクラス担任が作ります。
(シュタイナー園の先生ってなんて大変なんでしょう!保育というのは元々マルチタスクを求められる仕事ですが、その上お遊戯も作詞作曲だとか、おもちゃも手作りだとか、挫けそうになったことがなん度もあります。笑)
子どもたちはこのライゲンを「覚えて踊る」のではなく、常に教師を「模倣して」動いています。
この場合の「模倣して」動くとは、模写するように意識的に真似をするのでなく、「つられて動く」というイメージです。
幼児は、無意識のうちに「つられて」動きます。
だから、私がライゲンの合間に鼻の頭が痒くなって鼻をかけば、子どもたちの手指も鼻に向かいますし、後ろの子どもが気になって私が振り返れば、即座にほぼ全員が振り返るのが幼児(およそ7歳までの子ども)の大きな特徴と言えます。
この「模倣力」は、幼児期の遊びの柱となっている大事な要素です。そしてこの模倣力は、生命力が元気でないと、うまく立ち上がってきません。
本来の元気が欠けている状態の子どもは、つられて動くほどの元気(元の気)がないのです。
模倣には、一定の集中が必要です。
子どもは、対象となる周囲の人にも物にも、常に関心を注ぎながら世界を把握していきます。その集中の中で、無意識のうちに模倣していきます。ですから、物質的な環境も、人格を含めたその人的な環境をも、吸い込むようにして模倣していくのです。
これは人間の自然の摂理です。
大人は頭で捉えて動きますが、子どもたちは瞬間、瞬間を感覚で捉えて動くことができます。その動きの源は「意志」の力です。
意志の力とは、何かをやる、しようとする力と言えます。
この意志の力がいちばん活発に動いている幼児期には、説明や観念で頭(思考)に働きかけようとせず、身体の意識に働きかけるように気をつけています。
「つべこべ言わずにやってみせる」とも言えるでしょうか。
現代の大人はスクリーンばかり眺めがち、つい屁理屈ばかり並べたがる世の中ですが、理屈をこねまわす前にやってみよう、動いてみよう、と。
(園長 虹乃美稀子)
次回は6月18日新月の更新です。