九州にお住まいの田中伸一さんには、彰悟(しょうご)さんと言う最重度の知的障がいを伴うダウン症の息子さんがいらっしゃいます。
ご縁あってご紹介いただいたその田中さんの著書『お父さん、気づいたね!声を無くしたダウン症の息子から教わったこと』をこの夏読んでいました。
この本は、重度の障がいをもって生まれたお子さんと向かい合い、ご自身が変容されていく過程も赤裸々に描かれた、お父さんによる育児日記のような本。
母親によって書かれた本は多いですが、父親の立場から書かれたこうした本は珍しいな、というのが最初の印象でした。
今年27歳になる彰悟さんは、書道や絵を描くことを楽しみ、何度か障がい児・者美術展で入賞したり、個展を開いたりするなどの活躍をされていますが、その彰悟さんはダウン症であるとともに、生後2ヶ月で気道がふさがり、気管切開を行いました。以降、口や鼻で呼吸できず、幼い頃からの度々の手術を経ても声を出すことはできませんでした。
彰悟さんが生まれた96年は、ちょうど私は勤めていた保育所で3年目。
統合保育の「障がい児担任」として自閉症のAくん、ADHDのTくん、そしてダウン症のKくんの男の子3人と日々試行錯誤しながら奮闘していました。
ダウン症は染色体が1本多いことで生じる先天性の病気で、心臓や甲状腺など他の病気を併発することも多い病気ですが、往々にして明るくひと懐っこい性格という特徴を持ち合わせています。
そんなことからも、ダウン症児はかつて「神様から遣わされた子」として一層大切にされる文化もあったと言います。
とはいえ、実際に子育てをするとなると、一筋縄ではいかないことがとても多く、親御さんとしては苦労されること、手をかけなければならないことは普通の子育てとは比較にならないでしょう。身近にダウン症のお子さんを育てられたお母さん方の幾人かを思い出しても、その日々のご苦労を思います。
ただ、不思議なことにそうした親御さん方の子育ての様子は、大変そうなわりにどこか明るく感じてしまう。びっくりするようなこと、思い通りにいかないことがたくさんなのに、どこか達観されているような印象すらある。
そうした境地に至るまでのご自身の「心の動き」を丁寧に記されているのが、田中さんのこの本でした。
彰悟さんがダウン症だと診断されたショックを受け止める間も無く、生後2ヶ月で呼吸困難になり、あっという間に気管切開が行われます。「世界一可愛いと感じた」小さな彰悟さんの「オンギャー、オンギャー」という泣き声は、ほんの2ヶ月の間だけ。その声は永遠に失われることになります。首元に挿入した管に痰が詰まったり、引き抜いてしまったりと窒息死の危機を幾度か乗り越えながら、彰悟さんは逞しく、周囲に気づきを与えていく魂の輝きを持った大人へと成長していきます。
印象的なのは、時に不安に駆られながらも、常に自分の心に耳を澄まし続け、子どもを変えようとするのではなく、自らを変容させていくことで、子どもの成長を根っこから応援し続けたお父さんの姿です。まさに「育児は、育自」です。
子どもの声なき声に、耳を澄ますこと。
我が子へ無意識に抱いてしまう「勝手な」期待に気づき慎むこと。
そうしたことを手探りでアプローチされていく中で、自然と子どものスピリチュアリティ(霊性)を尊ぶあり方を確立されていったことが、彰悟さんが存分に魂の輝きを放つ大人として自由に人生を生きる土台を作られていったのだなと感じました。
田中さんは本の中で、幸せを感じる力として3つの力を紹介されています。
「思い通りにならないことに耐える力」
「受け容れる力」
そして「感謝する力」です。
彰悟さんは生後2ヶ月で気道が塞がり、何度も窒息し、おそらく臨死体験もしているであろう生死の境を彷徨ってきた。苦しい手術を何度も受け、言葉が出ないのに幼い頃は何度も口をぱくぱくさせて、周囲を模倣しながら発語を試みる姿がとても切なかった、と書かれています。
ある時にお母さんが後ろからそっと抱きしめて、涙ながらに「しょうちゃん、ごめんね。お口パクパクしても声は出らんのよ」と話して、いつの間にか悟ったように口の動きはピタリと止まったそうです。
彰悟さん自身が、「思い通りにならないことに耐える力」「受け容れる力」を生まれた時から修行のように養ってきたのでしょう。
そして自然と「感謝する力」も身につけてこられたのでしょう。
彰悟さんの「いただきます」の合掌は時に10分もかけるほど長く、暮らしの場面で歯磨きやトイレを使う場面が家族と被ると、必ず譲ろうとする姿勢があるのだそうです。
ご両親が細やかに彰悟さんを注意深く見守り、子どもを変えようとするのでなく、自分を変えようとすることを子育ての基本にされてきた土台があってこその力と感じます。
最後に印象深かった一節をここに記載します。
この社会では、「自立しなさい」と言われることがあるが、頭でわかっていても自立できるものではない。人や社会に認められるために「自立しないといけない」と思い、がんばったとしても、怖れや不安が動機の自立は本当の自立につながらない。心の中に「私は守られているんだ」という安心感があって、本当の自分らしさを発揮できる。
子育てをする場合も同様だ。子ども時代に充分に「守られている」という安心感があると、自然と自立していく。それには、父性と母性の両方ある健全な上下関係のなかで育てることが重要になる。父性とは「切り分けること」。「ダメなことはダメ」と行動に対してきちんと線を引くこと。母性とは「包み込むこと」。「どんなときのあなたも愛しているよ」と存在そのものを受容すること。父性と母性は男女どちらにもあり、男性だから父性、女性だから母性というわけではない。子どもがいつも愛されていると感じ、同時にダメなことをすれば、きちんと教えてもらえる。そういう環境で育つと、子どもは安心して自分らしさを発揮できるようになる。
子育てに丁寧に向き合ってきたお父さんならではの、至極の言葉。
ぜひ、秋の読書におすすめしたい1冊です。
「お父さん、気づいたね!声を無くしたダウン症の息子から教わったこと」
田中伸一著/地湧社
次回は9月29日満月の更新です。
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