小さな声が聞こえるところ129「給食のオリーブオイルとパレスチナ」

 水曜日はパン給食。
子どもたちは、月曜日に石臼で麦を挽き、ふるいにかけてこね上げます。
そうして自分たちで作ったパンを水曜日に食べる時に、バターの代わりに使うのはパレスチナ産のオリーブオイル。
東北大学在籍時代より、ずっとパレスチナに心を寄せている同い年の友人が営む「パレスチナ・オリーブ」のオイルです。
細身の彼女が何度もパレスチナと日本を行き来しては、地元の女性たちの働く場を作り、提携して長年の信頼関係を築いてきました。

現地生産者である「ガリラヤのシンディアナ」は、パレスチナ北部ガリラヤ地方とワディ・アーラ地方(1949年からイスラエル領)を中心に活動しています。
社会変革を求めるアラブ・パレスチナ女性とユダヤ女性が中心となり、「アラブ・パレスチナ人とユダヤ人の協働を推し進める」「フェアトレードとアラブ・パレスチナ女性の働く機会を促進する」「ガリラヤの農業生産者を支援する」というコンセプトで、契約農家さん、加工場で働く女性、運営スタッフ合わせて約150人が携わっているそうです。

とても質の良いこのオリーブオイルは、今年も日本オリーブオイルソムリエ協会の金賞・銀賞を受賞しています。その他にも数々の受賞歴があります。
このクラスとしては、値段もリーズナブルに感じます。
何よりフェアトレードであり、このオイルを作って売ることで、混沌とした情勢が長年続いている中で暮らし、子どもたちを育てているアラブ・パレスチナ農家の女性たちの仕事を支えながら、持続可能な農業・有機栽培も生み出している素晴らしいオイルです。

子どもたちは、このオイルに少しの塩を足したものをパンに塗って食べるのが大好きです。甘いジャムよりもこちらの方が人気です。
おうちでも「バターじゃなくオリーブオイルにして」とリクエストする子が少なくありません。
ここ最近の社会状況の中で500cc2,600円に値上がりしてしまいましたが、オイルは薄く伸びるのでバターを使うことを考えると、実はお得になる場合もあります。
何より、素朴で本当に美味しく質の良い味を子どもの頃に味覚で覚えるのは大事な食育です。
このオリーブオイルで作った石鹸は、顔も体も髪も服も食器も洗えて、園の購買部でいつも扱っています。

そのパレスチナが今、大変なことになっています。
子どもたちも亡くなっています。
戦争や紛争が相次ぐ状況の中で、私たちの心は痛みと空虚で麻痺してしまいそうです。
「何もできない」と感じることは、いつしか麻痺につながってしまうのかもしれません。でも、世界はみんなつながっているのです。
時代と場所が変われば、私の教室にもいつ銃を持った兵士が土足で乗り込んでくるかわからない、それは映画の中の話ではないのだと自分に言い聞かせながら。

ただでさえ把握するのが難しい国際情勢の中でも、特に中東情勢は混沌としています。
動画やSNSなど、わかりやすく省略され、何らかの感情を高揚させるトッピングのある情報ばかりを受けとることに日々慣れてしまった私たちの思考力は弱まるばかりですが、「理解しよう」という努力は放棄しないことが大切ですね。「理解しようとする」ことは、能動的で、愛の力です。

「何ができるか」よりもまず「関心を持とうとすること」が大切なのは、全てに通じています。関心とは人の心の熱、愛の熱ですね。

以下に、パレスチナ・オリーブの代表である皆川万葉さんの書かれた文章を転載してご紹介します。
今のパレスチナの状況を、近しく感じることができました。
石鹸、私ももっと注文しようと思います。
震災時にもそのありがたみをとても感じたローカルとローカルの結びつきによる支援の力を、ここでも発揮できたらと思います。

ガザ地区がますます緊迫してきたときですが(ガザ地区はとりわけこの16年間ずっと厳しい封鎖下にあったのですが)、あまり報道されていないヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区/被占領地)のいまの状況を書きます。私は私ができる発信を。
*ただし、これは私が聞いた12日までのナーブルスと周辺の話です。私が全体を把握していたりはしません。
石けん工場の代表の方から電話で聞きました。
「無事? 安全?」と訊くと「ガザ地区からは遠いから」と言うけれど「パレスチナ全域で大変。全ての町は封鎖されている」とのこと。

・検問所の封鎖だけが問題ではなく、町と町を結ぶ道路が危険すぎて移動ができない。ナーブルスから他の町に行くのは無理。イスラエル軍とユダヤ人入植者が銃撃してくる。連日、ものすごく多くの逮捕者も出ている。
・だから、オリーブ石けんを他の町にも港にも運べない(売れない)。
・ナーブルスの町の中にも時折、イスラエル軍が侵入してくる。
・学校は8日(日)9日(月)は行けなかった。いまは子どもたちは登校している。
・大学はオンライン授業(コロナ禍のときと同様)。他の町や村から大学に通ってくる学生も多いから、通学途中の危険を避けるために。
・石けん工場近くのイスラエル軍検問所は閉まっていたり、開いていたり。今朝は開いていたから工場に来れたけれど、検問所に行ってみないと帰りは開いているかどうか分からない。スタッフ、職人さんたちの全員は来れてない。
・(ナーブルス周辺の)オリーブ収穫はもうダメだ。外出が危険すぎで収穫できない。

そして、ふと、深刻そうな声で、石けん工場の代表が「実はパレスチナを出ることを考え始めているんだ」と言い出しました。
私「石けん工場を海外に移すってこと? (内戦で)シリアのアレッポからトルコに移ったオリーブ石けん工場もあるし、あなたならなら世界中どこでも石けんを作れるよ」
代表「ごめん、ジョークだ。ここ(ナーブルス)を1センチも動く気はない。ハハハ!」
私「知ってた!!」

彼は、ナーブスルの町も、オリーブ石けんも心から愛している人。
電話のたびに、何か一つはブラックジョークを入れてくる。彼だけではなく、パレスチナ人の多くの人が、聞いた私が笑っていいのかわからない、微妙なジョークを突っ込んできて、自分で笑う。男性も女性も。刺繍のイドナ村女性組合のスタッフも、さらっとブラックジョークを入れて、自分で笑う。

話を戻して補足。
ナーブルスの街の中心部にイスラエル軍が侵入して銃撃したり逮捕したりするのはよくあること。近くの入植者がナーブルスの南に接しているのフワーラの町を襲撃するのもよくあること。ユダヤ人入植地に近い、パレスチナのオリーブ林でのオリーブ収穫がユダヤ人入植者に妨害されるのも毎年のこと。絶対おかしいけれど、これが「占領」の日常。「占領」がなくならない限り、占領者はやりたい放題。
でも、検問所付近でもなく、町と町を結ぶ幹線道路を車で走っただけで銃撃される、というのは、レベルがもう一段階おかしいと感じます。
7日以降のヨルダン川西岸地区全体での死者は最初の2,3日で21名、という数字を見たのですが、その後、はっきりとした合計数が出てこなくなりました。数十人が殺されている。(今年これまで「数百人」が殺されています) ガザ地区でも死者1500人以上、というような表現。イスラエル側の死者も約1,300人。どこでどんな暮らしをしていたのか、かけがえのない一人一人の人生を数えることもできない。
(追記:その後保険省により犠牲者数の発表があったようです。見るたびに殺された人の人数が増えてしまいます)

ヨルダン川西岸北部にあるナーブルスは、何百年も前からオリーブ石けん製造で有名な町でした。
でも、2000年〜2004年の第二次インティファーダ時のイスラエル軍の侵攻で、ナーブルスの街は特に破壊され、政治的経済的に大きな打撃を受けました。イスラエルを通じて世界の商品がパレスチナに入ってくるのも一因でしょう。ナーブルスに20以上あったオリーブ石けん工場は3つになってしまいました。
私たちの生産者パートナーである石けん工場は、工場に行くことも大変だった第二次インティファーダ時に、それでも、いい石けんを作ろうとひたすら努力していました。食用のヴァージンオリーブオイルで高品質な石けんをつくることで、生き残りを目指しました。
いま、日本の石けん売り場にも、いろいろなオリーブ石けんがあふれていますが、オリーブオイルだけでつくった石けん、ヴァージンオリーブオイルで作っている石けんはほとんどありません。
肌に合う、いい石けんを探してきた人に喜ばれているオリーブ石けんです。石けんで洗うだけでしっとりするから、保湿剤をつけるのを忘れてしまうくらい、と言われました。一度、お試しください。いま、在庫は十分あります。
たくさん売ってたくさん注文する、まずはfacebookに書く、と石けん工場に約束しました。書きました! 何度でも言いますが、いいモノをつくる、認められる(売れる)というのは、本当に生産者の元気と安心の素なんです。

ガザ地区にも産業がありました。漁業も、農業も(オレンジ畑もナツメヤシの林も)、焼き物も(いい粘土が取れたそうです)。いまはIT技術を持った若者もたくさんいます。封鎖・占領がなければ、自立できる地域です。
誰もが平等に当たり前に生きられる社会を!

「小さな声が聞こえるところ」は新月・満月の更新です。
次回は10月29日満月の更新です。
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ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
園長および幼稚園部担任他。
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、2000年に音楽発信ホーム「仙台ゆんた」を開き、アンプラグドのライブ企画など行う。
並行してシュタイナー幼児教育者養成コースに学び、南沢シュタイナー子ども園(東京都東久留米市)にて吉良創氏に師事。
08年仙台ゆんたに「虹のこども園」を開く。
民俗学とロックとにんじんを好む。1973年生まれ、射手座。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)