小さな声が聞こえるところ5「詰め込み教育のあやうさ」

「人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは他にない」とシュタイナーは話しています。
あたまの働きと心の働きが乖離(かいり)すればするほど、人間の生命力は弱まっていくと言うのです。

シュタイナーはこうした警鐘を百年前に鳴らしており、未来はますますその傾向が強まっていくだろうと予言していました。

100年前のヨーロッパは産業革命後、社会産業の大きな変容を経て、第一次世界大戦の最中にありました。
それまで基本的には各国同士の戦いであった「戦争」が、世界各国を巻き込む誰も予想だにしなかった凄惨な大戦争となったのです。
人類の未来が戦争によって破壊されるということが、初めて多くの人にとってリアルに感じられた経験でもあると言えるでしょう。

こうした社会状況の中で、当時も「すでになんらかの意味で神経質でない人は一人もいない」と言われていたヨーロッパ社会でした。

「神経質」という言葉でイメージされる状態は人それぞれでしょうが、シュタイナーは心理的に落ち着きがなくなる、ある思考からある思考へ飛躍して、一つの物事を考え続けられない心の状況は、軽度の神経質の状態であると話しています。

また、自分自身をどうしていいのかわからない、決心するべき時に踏み切れず、何をすべきかわからないという状態も神経質の別の状態であるとし、こうした神経質が進むと、肉体に原因のない、様々な症状や病気を招くとしています。

「人間が今のままに止まれば、未来に良い影響は全く開けない。(神経質な傾向は)流行病のように人から人へ感染る。」

確かに、社会の様々なことがデジタル化し、追われるような暮らしを皆がする中で、100年後の私たちは皆、神経質的な心の落ち着かない状況に慣れてしまっているかもしれませんね。
見ていなくてもテレビがついてないと落ち着かなかったり、
見るともなくスマホをスクロールし続けたり、
お腹が空いてなくてもなんとなくお菓子を口にし続けたり、、、

「人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは他にない」との言葉をご紹介しましたが、そういう点において、学校における詰め込み教育は想像以上の害をもたらすとシュタイナーは述べています。

詰め込み教育の本質は、人間存在の最も奥の核(心魂)と詰め込まれる情報や知識との結びつきが全くないことです。

私たちは、心魂に無意味に詰め込まれるものには関心が持てないのです。
無理やり詰め込まれたものは、苦しいのでなるたけ吐き出したくなります。

学びとは、自分の内面が興味を持ち、それに関わることによって、自分の中に取り入れていくことです。
人間の心魂と習得したものとの間に絆がわずかしかないと、成長して大人になっても詰め込まれたものが、自分の選んだ仕事や社会の活動と内的に結びつかないので積極的に取り組んでいくことが難しくなります。

そして無理やり義務感でやっていると、心身を元気に保つ生命力が弱まっていくのです。
シュタイナーも「興味のないものに従事すると、エーテル体(生命体)は弱くなっていく」と話しています。

つまり、人間の心魂と人間の活動との結びつきがしっかりしていることが、大人になっても健やかな生き方を保つ大切なことになっていくのですね。

仙台市内の公立学校が2学期制で秋休みがあるため、それに合わせて園も秋休み中です。
園長の私はこの休みの間に、岩手に東京にとあちこち講座に出かけております。

今回のこんなお話は、今週の下北沢・マヒナファーマシーさんでの講座でお話しする予定です。

(この連載は、毎月新月・満月に更新されます。次回は10/25満月の更新です。)

文・虹乃 美稀子(園長兼クラス担任)
仙台市保育士として7年間勤務後、シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ
08年「虹のこども園」開園 
仙台、東京、岩手にてシュタイナー講座を通年開催 
 Facebook|虹乃美稀子
Instagram|mikikonijino
Twitter|@nijinomikiko