小さな声が聞こえるところ54「魔法のようなベーシック」

ことのほか月の美しい十五夜です。
今夜はカーテンを開け放し、月明かりの中でこれを書いています。

朝は曇りで、夜にお月様が愛でられるか少し心配でしたが、
昨日のお月様も綺麗だったなと思い返しながら、
今日のおやつは「お月見団子」にしようと思いました。

園では、1日のリズム、1週間のリズム、1年のリズム、、、と
リズムのある、呼吸するような暮らし方を大事にしており、
曜日で活動や、おやつのメニュー、給食のスタイルなども決まっています。

本当なら木曜日は「ライ麦クラッカー」を子どもたちと作って食べる日なのですが、
せっかくの十五夜ですから、メニューも特別変更です。

「さあ、今日はお月見なのでお団子を作りましょう〜」と張り切った誘いがけはしません。
こういったとき、大抵教師は朝の自由遊びの時間に教室で静かに、
お団子をこね、丸め始めます。
大人が静かに仕事をしていると、子どもが近づいてきます。
「何してるの?」
「お団子作るの?」
「お月見だから?」
まちまちに声をかけてきます。

「作る?」と聞くと、こっくり頷く子、
すぐさま料理用のエプロンをつけに行く子、
「遊ぶからいい」と去って行く子、それぞれです。
それぞれであることが、大事です。
その子にとって、”今いちばんやりたいこと”は、それぞれに違うからです。

でも、やりたいことがつねに子どもの中から浮かび続けているわけではないので、
こうして大人が営む日常生活の具体的な動作(料理や掃除や手仕事など家事全般)を
子どもが目にしたときに「やってみたい」と思えることがたくさんあると、
子どもの暮らしはとても豊かです。

他者の動作を目にして、同じように「やってみたい」と即時に生まれる欲求は
「模倣衝動」と言い、幼児期の大きな特徴です。
そして、人間の成長発達の大きな基盤となっています。
この力が豊かかどうかは、生命力の豊かさにも比例しています。

 

「今日はお月見だから、お団子を作って、お月様のうさぎさんに食べてもらおう!」と
働きかけてお団子を一緒に作るのも楽しいですが、
それは頭への働きかけです。

からだに働きかける、ということは
真似したくなる行為を、暮らしの中で大人が静かに行なっていることです。
「お月さま、今日は見れるかしら、、、」と思いながらお団子を丸めていると、
子どもたちが自然に寄ってきて丸め始めます。
それは、頭の欲求で作るのではなく、
模倣衝動で自然とからだの欲求が動いているような状態です。

「うーさぎ、うさぎ 何みて跳ねる 十五夜お月さま 見て跳ーねる」と
丸めながら小さく歌うと、近くでままごと遊びに熱中している子が、一緒に口ずさみます。

その横では、もう一人の教師が、
庭の畑で育ちすぎて、種取り用にしたササゲの豆を子どもたちと剥いています。
きょうだいのように並んだ豆が傷もなく輝いているのは「ツヤ豆」
虫食いやしぼんだものなどの出来損ないは「ショボ豆」と呼んで仕分けしていきます。
仕分けは認識力を高めます。
自然のものなので、どこまでが「ツヤ豆」で、どこからが「ショボ豆」かを、
子どもたちは繰り返し聞いてきます。
それをいちいち「どれどれ」と大人が俄か鑑定士となって見定める、
そんなやりとりの時間は、とても豊かで、
子どもたちの表情は満ち満ちています。

窓辺に、小さなお月見の祭壇を設えました。
「わらべうたかるた」にあるお月見の版画絵(村田美菜子さん作の)を飾り、
小さな皿に、お団子とそれからササゲ豆。
おもちゃのウサギたちも集めてみました。
庭の萩の花も、ひと枝飾りました。

木曜日はお庭遊びの日でしたが、
お月見のススキを探しに行こう、と近くの小川沿いにお散歩に行きました。
園は幹線道路沿いにあり、自然豊かなところではないのですが、
それでも自然の気配の残っているところは、気をつけて近所を歩いてみると、
どんなところにもあるものです。

子どもたちは、ススキを見つけて手に手に取り、
それから彼岸花の群生を見つけたり、
コスモスをちょっとだけいただいたり、
ツユクサの花畑を見つけて思いきり摘みました。

園に持ち帰って飾りたい子、
好きな先生のおみやげにしたい子、
お母さんにあげるとしおれるほどに握りしめる子、
園に着いたとたんに玄関に放り投げている子、
それぞれです。
それぞれでがそれぞれに、そのまんまで愛おしい。
保育をしていると、大事なことの真ん中にいつもたち帰らせてもらえます。
深呼吸が出来るような気持ちです。

十五夜の今日はちょっと特別な日、そう「ハレ」の日です。
日本人が生活の中で培ってきた「ハレ」と「ケ」の概念は、
まさに「生活の呼吸」そのものです。

子どもたちを育てる時に、
まずは「生活の呼吸(=リズム)を整えましょう」と私たち保育者は言います。
そして、それはつい、堅苦しく聞こえがちです。

でも本当の伝えたいところは、
こんなにも豊かで満ち満ちている、
日常の当たり前の幸せがとめどなく溢れてくるための
「魔法のようなベーシック」であることを、
うまくお伝え、できているでしょうか。

(この連載は毎月満月・新月の更新です。次回は10/17新月の更新です。)


文・虹乃 美稀子(園長/担任)
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、
シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ。
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事。
06年、シュタイナー親子クラス開設
08年、「東仙台シュタイナー虹のこども園」開園   
仙台・東京・岩手にてシュタイナー講座・子育て講座を通年開催
著書「小さなおうちの12ヶ月」(河北新報出版センター)
2020年11月 新著刊行予定(青春出版社)


Facebook|東仙台シュタイナー虹のこども園
Instagram|@steiner_nijinokodomoen

 

ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
園長および幼稚園部担任他。
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、2000年に音楽発信ホーム「仙台ゆんた」を開き、アンプラグドのライブ企画など行う。
並行してシュタイナー幼児教育者養成コースに学び、南沢シュタイナー子ども園(東京都東久留米市)にて吉良創氏に師事。
08年仙台ゆんたに「虹のこども園」を開く。
民俗学とロックとにんじんを好む。1973年生まれ、射手座。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)