小さな声が聞こえるところ64「就学への不安を前にして」

 いよいよ2月もおしまい。今年度の園生活も指折り数えるほどとなりました。小さな園の今年の卒園生は5名。地元のシュタイナー学校に進学予定の2人以外は、それぞれ地元の公立小学校に通います。

今年の5人も仲が良く、きょうだいのように結びつきの強い年長児たちです。月齢の遅い子の多い学年ですが、今月までに全員が6歳の誕生日を迎えました。歯の生え変わりも始まり、「黄金時代」とも言える幼児期の終焉の時期に入っています。

 

この頃には、様々な変化が見られます。
「昨日なにしてたの?」と問われて、自分で経験を”思い出して”伝えることができるように、局所的な記憶や繰り返しの言葉が特徴的だったそれまでと変わって、自分の力で記憶を操り、話せるようになってきます。
 また、幼児期の特徴であった、周囲の大人の動きや作業を「まねっこ」をして吸収していくという模倣衝動が消えていき、意識的に取り組む学習過程に移行する段階となります。いわゆる「就学適齢期」です。知的な学習が可能であり最適な段階に、心身の成長が達したのです。

幼児期からの脱却は、他にも時間をかけながら様々な変化として見られます。
「わたし」「ぼく」といった自意識が少しずつ強まり、感情のひだが成長に伴って細やかに深まっていきます。これは小学生時代ずっと続いていきます。

卒園という「巣立ち」を、小学校入学という期待だけではなく、寂しさや漠とした不安として感じる子が多いのもそのためです。

「さーんがつになるな〜 さーんがつになるな〜」先週、年長の女の子たち3人組が腕を組んでジャンプしながら歌っていました。「ずーっと幼稚園にいたいもんね〜!」「卒園なんてしたくないもんね〜!」と顔を見合わせて笑いながらうなずき合っています。

幸せな幼稚園時代を過ごせたようであることに、担任としては安堵の気分も少し味わいつつ「あら、それは学校の楽しさを知らないからよ〜。これからとっても仲良くなるお友達も待ってるのよ。」と涼しい顔で答えます。大人だって、もちろん寂しさはあります。赤ちゃん時代から見守ってきた子どもたちですから、卒園が近づくほどに、切ない気持ちも込み上げます。でも、そこは大人ですから。笑顔でどーんと、新しい世界に送り出してあげなければいけません。

不安な気持ちは子どもによって色々な表れ方をします。
無意識の緊張からチック症状や頻尿といった身体症状として出たり、おねしょが増えたり、怖がり方が強くなったり。妹や弟に意地悪することが増えたりするかもしれません。でも、子どもは感情がまだ未分化で成長の途中ですから、そうした様々な形で不安が表出しているのであって、あまり心配することはありません。大人が心配しすぎると、子どもの不安を強化してしまうことも多いのです。

就学とは、人生の黄金時代であった「幼児期」をいよいよ脱却し、その子らしく世界を歩み始める最初の船出です。それはまさに「お祝い」であってほしいのです。

人生を生き抜くからだの基礎が出来上がり、自分の足で歩みだし、新しい世界を「学び」始めます。それは本当に尊いことです。そのことを周囲の大人が純粋に喜びながら「世界はいつでもあなたを愛してるよ。新しい世界があなたを待っているよ。何があっても絶対大丈夫だよ」そんなメッセージを気分として伝えられることが、巣立ちゆく子どもへの何よりの贈り物になると思います。

巣立ちの春まであと少し。そんな気持ちを織りこむようにしながら、残された保育日を子どもたちと暮らしています。

(この連載は毎月満月・新月の更新です。次回は3/13新月の更新です。)

ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
園長および幼稚園部担任他。
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、2000年に音楽発信ホーム「仙台ゆんた」を開き、アンプラグドのライブ企画など行う。
並行してシュタイナー幼児教育者養成コースに学び、南沢シュタイナー子ども園(東京都東久留米市)にて吉良創氏に師事。
08年仙台ゆんたに「虹のこども園」を開く。
民俗学とロックとにんじんを好む。1973年生まれ、射手座。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)