小さな声が聞こえるところ71「肩肘張らずに伝えたい〜食育の話2」

 今年も九州の友人から、たくさんの自然栽培の梅が送られてきました。
毎年、こればかりは天気と梅の実の成り具合、そして収穫するタイミングにおまかせなので、いつ梅が届くのかはわかりません。届いた時が、梅仕事となります。

園では月曜と木曜が酵素玄米の給食日。
このご飯には必ず、すり鉢で擦った黒ごまとそれから子どもたち自家製の梅干しが一緒に出されます。この給食で食べる一年分の梅干しを、みんなで仕込むのです。
余った梅は、てんさい糖と一緒に浸けて、夏の日のお楽しみの梅ジュースとなります。

「梅仕事」と言っても、作業はとても簡単です。大小に分けたり、悪くなっている梅を選別したりしてから、梅のヘタを竹串で取るのみ。
ざっくり言ってしまえば、その梅を塩で漬けて干せば梅干しに、砂糖で漬ければ梅シロップになるという訳です。

梅のヘタを竹串でほじくり出す作業は、「梅さんの耳かき」なんて言いながら楽しみます。あの青い梅が、もしくは芳醇な果物のような香りを放つ黄色い梅が、真っ赤に染まり思い出すだけで口がすぼまるしょっぱい梅干しになるなんて、いつも不思議なことだと思います。そして、梅雨も近づいてきたなと季節の巡りも感じるのです。

先日、たまたまNHKの番組で「最近は梅干しおにぎりを好む人が減り、売れなくなってきた」と解説していました。番組によると、若い人たちの「酸味嫌い」が進み、おにぎりの中でも一番メジャーだったはずの梅干しおにぎりが人気がなくなっているそうです。

実はかくいう私も子どもの頃は梅干しが苦手で、喜んで食べる妹を横目に、こんなにしょっぱくて酸っぱいものでよくご飯を食べられるな、なんて思っていたものです。

梅干しそのものを進んで食べるようになったのは、実は自分で園を始めるようになってから。和食の素食を給食の基本にすると決めたとき、「梅干し」と「味噌」は次の世代に伝えたい食の柱として大事にしたいと思いました。
そして、この二つは子どもたちと手作りしていくことで「自らの食をまかなう」ことの姿勢を、園として守っていきたいと思ったのです。


そうして自分で作り始めてみると、知らず知らず梅干しが好きになりました。
自分で手をかけて作るとそのものが好きになりやすいのは、子どもも大人も変わらないものですね。

疲れた時に番茶に入れる一粒の梅干し、暑くてバテそうな時に口に放り込む一粒の梅干し。まるで体が梅のエネルギーで禊がれるようです。
「毎朝一粒の梅干しは、その日一日の難逃れ」と昔から言われますが、まさに梅干しは日本人の心強い万能薬です。

給食では、梅干しは食べやすいように何粒かをたたき梅にし、スプーンを添えてテーブルごとに出しています。食べたい子が、ご飯に取り分けるスタイルです。
もちろん、大好きな子はしょっちゅう食べたがりますし、苦手な子はいつも手をつけませんが、特に無理強いしたり、梅干しを食べるように働きかけることもありません。

ただ、当たり前のようにいつも食卓に上っていること、そしてその梅干しはみんなで楽しく作り続けている、ということはずっと大事にしています。

梅干しが嫌いだった私のような子どもでも、いつも実家の食卓には祖母の仕込んだ梅干しがあり、それを美味しそうに食べる妹が隣にいました。
ただそれを見ていただけでしたが、大人になったら自分でも作ってみたくなり、作ってみたら好きになったー
食育って、実は肩肘貼るようなものではなくて、何かを無理強いするようなものでもなくて、そういう食卓の大事にしたい文化が、記憶に染み込むまで淡々と守り続けることなんじゃないのかなと、近頃考えています。

(この連載は毎月満月・新月の更新です。次回は6/25満月の更新です。)

ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ。
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事。

2008年「東仙台シュタイナー虹のこども園」を開園。幼稚園部を中心に、未就園児親子クラスから小学生クラスまで、12年間にわたる子どもの成長を見守る草の根の教育機関として運営。
東京をはじめ、全国各地でシュタイナー講座・子育て講座を開催。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)