小さな声が聞こえるところ89「ひなまつり〜男女を問わない祝い方」

 今日は3月3日、桃の節句のひなまつりです。
江戸初期に時の幕府が「五節供」を制定したのが今につながるひなまつりの直接的な始まりのようですが、当時は旧暦でしたから現代の4月上旬に当たります。
 
「あかりをつけましょぼんぼりに」の歌い出しで有名な童謡「うれしいひなまつり」には、四番の締めに「春の弥生のこのよき日 何よりうれしいひなまつり」という歌詞があります。
しかし、太陽暦の3月3日は東北においてはやっと早春、という季節。
春うららかな空気感はまだ遠いので、おひなさまも慌てずに2月下旬にゆっくり出して、卒園のつどい直前まで飾っています。

雛人形を飾る時は、男の子も女の子もとてもうれしそう。
一年ぶりに箱から出される人形や小物の数々を、そっと取り出していくのは年長児に任された仕事です。こうした作業は、物を「丁寧に大事に扱う」よい経験にもなります。
 
翌日の水彩画の時間に、年長の男の子が描いた絵は、まさにおひなさま。
出来上がった絵を前に、「男の子なんだけど、いいかな・・・?」と柄にも無く照れたようにしています。
私は「もちろんよ、おひなまつりはみんなのお祭りなのよ」と答えました。
実際に、桃の節句の由来を調べていくと、決して女の子に限られたお祭りではないようです。
 
ひなまつりはその正式名称を「上巳の節句」と言います。
1月7日の人日(七草)、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽と合わせて「五節供(五節句)」とされ、中国から入った祭日をもとに、江戸時代に幕府が正式に制定しました。

上巳の節供はもともと、川や泉で禊をして心身を清める行事だったようです。
そして、日本にはもともと人形(ひとがた)と呼ぶ小さな人形に自分の罪穢れを移して水に流したり、燃やしたりする行事も古くからありました。
特に春に子どもの健康と幸せを願って、人形(ひとがた)を川に流す習慣があったようです。
現代でも、「形代」と呼ばれる、人形(ひとがた)に切った白い紙に、穢れや障りを移して清める祈願の方法が今でも神社などに残っていますね。

こうした穢れを祓い清める行事と、一方で平安時代の貴族文化から続く、宮廷生活を再現するような豪奢な人形を使っての上流家庭の女の子たちの「ひひな遊び」が次第に重なっていき、江戸時代になって「上巳の節供」として定められた時にひとつの風習として作り上げられていったそうです。

ですから、地方に残る「流し雛」などはこうした古くからの土着的習慣がまだ残っている行事だと言えますね。

こうした歴史から見ると、現代において新たに捉えるひなまつりは、男女問わず、子どもたちの健やかな成長と、子どもらしい子ども時代を送ることができるようにと願う祝祭にもなりうるでしょう。

決まった形の既成のひな人形を飾るだけでなく、子どもの「形代」となる人形を飾ってお祝いしてもよいと思います。
子どもが普段大事にしているお人形やぬいぐるみを飾ってお花やお菓子をお供えしてもよいでしょうし、簡単なお人形を作ることを一緒に楽しんでもよいでしょう。
園では毎年この時期に、卒園を控えた年長児たちが卒園制作としてシンプルな「坊ちゃん人形作り」に取り組んでいます。

毎年繰り返す季節行事は、子どもの心に欠かせぬ滋養を与えてくれます。
それは巡る季節のリズムに呼吸を合わせるような、非常に豊かな経験です。
しかし、季節行事はその時代や文化背景、時に政治や商機の意図も組み込まれながら、大きく変化していきます。
子どもたちの健やかな成長にとって、どんな祝い方がより望ましいのか、その行事の由来や意味を知りながら、今を生きる子どもたちにふさわしいものとなるよう、新たに創意工夫していくことが大切なことだと考えています。
 
参考文献 「日本の祝日と祝祭」新田義之著(涼風書林)
(この連載は毎月満月・新月の更新です。次回は3/18満月の更新です。)

ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ。
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事。

2008年「東仙台シュタイナー虹のこども園」を開園。幼稚園部を中心に、未就園児親子クラスから小学生クラスまで、12年間にわたる子どもの成長を見守る草の根の教育機関として運営。
東京をはじめ、全国各地でシュタイナー講座・子育て講座を開催。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)