小さな声が聞こえるところ29「トトロは年に1回みればいい」

みなさん、宮崎駿監督の作品は好きですか?
私はそんなに映画は詳しくないですが、
宮崎監督の作品はその世界観に共鳴することが多く、
好きな作品が色々とあります。
子どもたちにとって一番人気なのはおそらく、
不朽の名作「となりのトトロ」なのではないでしょうか。
公開されてから30年上たった今でも、
子どもたちはトトロの歌を口ずさんでいます。
散歩に行くと、トトロがいたかも!と言ったりします。
今のお父さん、お母さん方の子ども時代からずっと愛されてきた存在ですね。
 
私が保育士新任時代はすでに大ブレイク後だったこの映画、
ビデオも大変売れに売れて、今から20年以上前の子どもたちも
繰り返しお家でビデオで見ていたようです。
「擦り切れるまでトトロのビデオは見ましたよ。
大好きなんです。ファンタジーが広がりますよね。」
こんなお話をよく聞いたものです。

さて、しかしながら当の宮崎監督、
実は解剖学者の養老孟司さんとの対談で
こんなことをおっしゃっています。

ー親から、「うちの子どもはトトロが大好きで、もう100回くらい見てます」
なんて手紙が来ると、そのたびにこれはヤバイなあと、
心底思うんですね。

誕生日に一回見せればいいのにって。(笑)
結局、子どもたちのことについて、なにも考えてない。
だって結果として、養老さんが言うところの脳化社会にぴったり適応するような

脳みそ人間だけを育てようとしているでしょう。
トトロの映画を一回見ただけだったら、
ドングリでも拾いに行きたくなるけれど、
ずっと見続けたらドングリ拾いに行かないですよ。
なんで、そこがわからないんだろうと思うけど。

いっそビデオの箱に描きたいですね、
「見るのは年に一回にしてください」って(笑)。ー
「虫眼とアニ眼」養老孟司・宮崎駿(新潮文庫)より引用

よくぞ言ってくれました!宮崎監督。
深く頷く私。
シュタイナー教育では幼児期までは
テレビや動画を見せないことを大事にしていますが、
それって、何か禁忌のルールとかいうことでは全然なくて
つまりこういうことなんですよね。
一方的なイメージを受動してばかりだと、
頭の中がそのイメージに支配されてしまい、
自分の中からイメージを生み出し、
遊びを展開していく力が失われてしまうのです。
まだ心身の未発達な幼児は、
そのイメージの刺激にあっという間に乗っ取られやすい。

例えば、お父さんお母さんが
「ボヘミアン・ラプソディ」にはまってしまい、
(私も面白くみました)何度も子どもも一緒に見せられているうちに、
その子は棒のようなものを見ると
マイクスタンドにしか見えなくなってしまう。
それまでお友達とイメージを膨らませて
電車ごっこで遊んでいたのに、
棒を見つけた途端に、
お友達に「うるさい」と言われても、
先生が何を語りかけようも、
まるでフレディが憑依したかのように
マイクを握って大声で怒鳴り続けてしまう。

こうした姿は案外保育現場で多く見られます。
そして周囲との調和やコミュニケーションが取りにくく、
「発達障害なのでは?」と
心配されるケースのお子さんの生活状況をよく聞き出すと、
過剰に映像やメディアの刺激を乳児期から受け続けて、
その子本来の感覚器官の成長が阻害されている場合も少なくありません。

現在40代以上の大人は、まだ幼少時に
繰り返し同じ映像を見るという経験を
ほとんどの人がしていません。
しかし、こうしたことが乳幼児の発達に
大きな影響を与えるということは
現代の子育てにおいてもっと知っていってほしいことだなと思います。

宮崎監督が、前述した対談本の中で、
トトロが好きでずーっと繰り返し見ていた子どもたちが
成人してスタジオ・ジブリに入社面接に来るようになったが、
「若い人たちがおそろしくやさしくて傷つきやすく
おそろしく不器用でグズでいい子なのだ、、、。」と書いています。

私が保育士時代に危機感を抱いて退職し、
シュタイナー教育を志したのは、まさに宮崎監督と同じ感想を、
若かった自分自身とそして漠然と時代に対して感じていたからです。

それから20年以上が経ちました。
子どもたちを取り巻く環境は、
ますます詰まる所は「ビジネス」であるイメージ媒体に
取り巻かれています。
新しいメディアの時代に、時代に翻弄されずに生き抜く力を根っこから育てる、
新しい子育ての指針が必要です。

(この連載は毎月新月・満月の更新です。次回は10/14満月の更新です)


文・虹乃 美稀子(園長/担任)
仙台市の保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、
シュタイナー幼児教育者養成コースに学ぶ。
南沢シュタイナー子ども園にて吉良創氏に師事。
06年、園の前身となるシュタイナー親子クラス開設
08年、「東仙台シュタイナー虹のこども園」開園   

仙台・東京・岩手にてシュタイナー講座、子育て講座などを通年開催 

new! 19年8月「小さなおうちの12ヶ月」(河北新報出版センター)出版 

Facebook|東仙台シュタイナー虹のこども園
Instagram|@steiner_nijinokodomoen

 

ABOUT

虹乃美稀子東仙台シュタイナー虹のこども園 園長
園長および幼稚園部担任他。
公立保育士として7年間保育所や児童相談所に勤務後、2000年に音楽発信ホーム「仙台ゆんた」を開き、アンプラグドのライブ企画など行う。
並行してシュタイナー幼児教育者養成コースに学び、南沢シュタイナー子ども園(東京都東久留米市)にて吉良創氏に師事。
08年仙台ゆんたに「虹のこども園」を開く。
民俗学とロックとにんじんを好む。1973年生まれ、射手座。

著書
『小さなおうちの12ヶ月』(河北新報出版センター)
『いちばん大事な「子育て」の順番』(青春出版社)